ふたりごと


電話の向こうで、彼はピンと来ていないような声を上げていた。


『にしやま…?』


そこで私は、もともと彼に自分の名前を教えていなかったことを思い出した。


彼には名前と連絡先を教えてと言ったくせに、自分はそれをするのを忘れていたのだ。


「突然ごめんなさい。私はこの間、あなたに電車で助けていただいた者です。遥という名前なんです」


急いでつけ足すように言うと、彼は安心したように笑っていた。


『あぁ、そうだったんですか。よかった』


「そういえばあなたに名乗っていなかったですね」


『はい。ずっと名前、気になっていました』


「そうですよね…。すみません」


我ながら、抜けているというか、本当に失礼なことばかりしている。


いくら体調が悪くて頭が回らなかったとはいえ、自分は名乗らずに彼の名前だけ聞くなんて、常識外れもいいところだ。


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