火の雨が降った後
郡ちゃんは強い。


私に不安な顔なんか見せずに、逆に私の心配をしてくれる。


「俺がいない間に、もし横浜に空襲がおきたら久保山には絶対に逃げるな」


夕飯を食べている時、郡ちゃんが箸を置き真剣な眼差しで私に言った。


「久保山…?なんで?関東学院もあるし高台だから安全そうなのに」


箸できゅうりのぬか漬けを掴みながら聞く。


「…久保山には高砲射撃があるから、狙われるとしたらそっち方面だと思うんだ…」


カリッときゅうりを噛んだまま、私は止まった。


そんなのがあるなんて初めて聞いた…。


…もし、空襲がおきたら私は1人で逃げきることができるのかな…。


今まで考えてもいなかったことに、初めて向き合ってみると私は本当に無知すぎる。


食べかけのきゅうりを掴んだままの箸を見つめながら、不安が襲ってきた。


「大丈夫。ちゃんと訓練もしてるんだし。ごめんな、不安になること言っちゃって」


眉を下げながら笑う郡ちゃん。


「…ううん…。郡ちゃんに言われなかったら、私真っ先に久保山に走ったと思う。…ちゃんとそういうこと考えなきゃって初めて気づいた」


その日の夜遅くまで、郡ちゃんともしも空襲がおこったらどうすればいいのか話し合った。私の知らない知識をたくさん教えてくれて、郡ちゃんは優しく頭をなでながら呟いた。


「戦争はいつか必ず終わる。その時、必ずまたこの家で再会しような」
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