隠れ鬼ごっこ
「ハァ…ここまで…くれば大丈夫か……」


息を整えながら文太は呟いた。何処まで逃げたかは全く分からない。ただ同じように息を整えるしか出来なかった。元々暗い校舎ではあったが俺の視界はもっと何も見えていなかった。


…まるで何も見えていないようだ。視界から入ってくる情報は遮断されているように脳が理解しようとしていなかった。


「…怜さん……」


真里が心配そうに声を掛けて来た。それに答える気すら起きない。


本当に何も考えられない。


「……怜」


ただハッキリ聞こえてくるのは文太の声だ。


……そうだ。なんでここにいるんだ…?


そう思うが否か…急に視界が変わった気がした。


「怜さん!?」


「ちょっと!」


真里達の声が酷く遠くで聞こえるが俺の目に映るのは文太に掴みかかっている誰かだった。


ーーお前…!何処に行ってたんだよ…!ふざけんな!


文太は床に倒されて誰かに殴られている。


誰だ?昴も拓海も…捕まっちまったのに…。


何度も何度も殴られているにも関わらず文太は抵抗すらしていない。


ーーなんで雅明を置いてった!ふざけんな!!!!


何処かの誰かは大きな声で俺が思っていることを喚いている。

喚く誰かを尻目に文太はただ真っ直ぐ…こっちを見ていた。


なんで俺を見てるんだ…?不思議と両手が痛んでいる気がした。よく見ると殴っている誰かの手は狙いが定まっていないのか、文太の顔だけではなく床を殴っている時もあった。
その手から血が滲んできていた。


俺はそれを見てて痛いのか…?


ーーなんでなんでなんでなんで……


疑問に思っている間にも誰かの喚き声は小さくなっていく。


段々と弱々しくなってくるその手を文太は何も言わずに…でも悲しそうに止めた。


パシッ…


え………。


腕を掴まれた感覚の後に視界がハッキリした。気付くと俺は文太に馬乗りになっていた。


殴ってたのは…喚いていたのは俺だった。


意識がハッキリしてきてようやく自分の体が怒りや悲しみなどで興奮していたことに気付いた。


息が…苦しい……。


「ハァ…ハァ……」


そのまま押さえられ、馬乗りになっているのにも関わらず俺は動けずにいた。


ーーパタッ


「!」


文太の顔に透明な液体が伝っていった。


「…ごめん。怜」


そう悲しそうに…涙目になった文太は静かに呟いた。


「………ッ」


初めて俺は泣いていることに気付いた。


文太の上に乗ったまま……俺は今まで気付かなかった感情に流されてそのまま泣いた。


文太はずっと俺に謝っていた。
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