秋桜が散る前に



上を向いて、桜を見上げた。




「私のサクラって名前、この花の桜って漢字じゃないんです。」


「…うん。」


「咲くに夢って書いて『さくら』。まんまの意味で、夢が咲くようにって千歳さんが願いを込めたらしいです。」


「うん…」


「私1人だけなんです。名前も付けられずに、捨てられた子は。」




秋くんは黙って私のくだらない話を聞いている。



空くんとは違う、奏太くんと似ている所。




「私、どうせなら、この“桜”が良かった。」




“咲夢”は嫌い。


“咲夢”は思い出す。


誰かが私を“咲夢”と呼ぶたびに、


私は奏太くんを思い出す。




―咲夢。―




もう二度と、


絶対叶わないのに、


私は奏太くんを思いでにしたくない。


未だに想いを温めて、大事に大事に抱えてる。




「…それでも、咲夢は、咲夢だろう?」




秋くんが放ったこの言葉は、私にズシンと響いた。




「行こう。」


「うん…ごめんなさい。」




咲夢は咲夢。


“桜”じゃない。



“本当の親からの名前”なんてついてない、まっさらな咲夢。


名無しの咲夢。




そう言えば、昔そんな風に男の子にいじめられた事があったっけ。ちょっと気持ちが沈む。


そんな私を見て、しょうがないな、とでも言うように秋くんが溜め息をついて言った。




「俺は夢が咲く咲夢のほうが、好きだけど?」




…秋くんは、ホントに奏太くんみたいだ。


奏太くんと同じ事を言って、私を明るくする。




ピンクの桜が散る中、心地よい風に背中を押されて、私と秋くんは歩道を歩いた。



ぽつり、ぽつりと、話をしながら。





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