愛音-あいおと・短編
崩壊
(早紀が浮気)

何も手につかず、そんな言葉が頭から離れない。

帰り道も煌びやかな街頭も、通りすがりの人達も怪しく光る色んな店のネオンも、今の良平には何も映らないかった。

そして真っ直ぐ家に帰ると一人きりの部屋の電気を付けた。

「ううわー」

そして、声を上げ泣いた。

「ただいま。」

早紀と舞が帰ってきた。

「あれっ、今日は早いのね。」
「パパー」

舞が覚えたての言葉で抱きついてきた。

「今、ご飯にするからね。」

早紀の陽気な声がする。

良平はその明るい声に我慢する事出来ずに、舞を抱きしめながら、

「なあ、お前、浮気してるだろ。」

良平のその言葉をきっかけに、今まで二人で築き上げた全てが、ボロボロ崩れ落ちるのを感じた。

「なあ、黙ってないで何とか言えよ。」

早紀は流しの水を流したまま、ピクリともしない。

「おい!聞いてるのか」

良平の怒鳴り声が部屋中に響いた。

泣き出す舞を良平はそっと抱きしめた。


早紀はゆっくり良平の方を振り向くと、両目一杯に涙をボロボロ流しながら、

「私だって寂しかったんだから・・・。私だって女なんだから・・・。」

叫ぶように言った。

良平は何故か、驚く程冷静だった。舞を抱きしめていたせいなのか。

「おんな?何いってんの。寂しかったら何してもいいのか?それにな、女の前に人間だろっ、猿や猫じゃあるまいし・・・それに何より母親だろ!」

良平は次第に強くなる自分の言葉と、無意識に強くなる、舞を抱きしめる腕の力を抑えるように言った。

二人の間にはすすり泣く舞の声だけだった。時計が静かに時を刻んだ。

「うわー。」

早紀は良平のその言葉にうなだれ崩れ、水風船が破裂するように泣き出した。
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