ふわふわのいた町
「もう、勘弁してください。」
で、お母さんは最終兵器を使用した。
「ちょうど良いわ。このまま離婚届を出しちゃいましょう。こんな分からず屋とは、もう一緒にいたくないわ。」
お父さんは、「うむっ」とも「ぐぐっ」とも言えない異様な声を出すと一瞬、視線を宙にさまよわせた。
「つまり、ディベートで負けたわけよ・」
後年、お母さんはリビングのソファでポテチを食べながら証言を続けた。
それ違う、ディベートじゃなくて脅迫じゃん。
とあたしは思ったけどお母さんには言わなかった。お父さんは黙って、お母さんの手をつかむと帰りかけた。と、ゆっくり振り返って戸籍係にこう言った。
「また来る。(アイル・ビー・バック)」
あんたは『ターミネーター』のシュワちゃんかっ!
お母さんは心の中でツッコミをいれたそうだ。ちなみに『ターミネーター』が二人で見に行った初めての映画だそうで、私が生まれた年に『ターミネーター2』が公開されたそうだ。一旦、撤退を余儀なくされたお父さんは家に戻ってから定位置のソファの上で二時間、唸っていたらしい。だが、どうしてもお母さんを説得する言葉も方法も思いつかなかったらしい。お母さんも自分が譲歩しなければ事態の打開と進展はない、と悟った。そこで、提案したのが〈ゆうゆ〉という読み方だった。確かに〈う〉を一つとるだけで随分と感じが違う。
「読み方はですね。制約ありませんので…」
戸籍係も言っていた。
で、夫婦仲良く再び戸籍係りの前に現れた。戸籍係は夫婦の顔を交互に見て引きつった笑顔を見せた。そして出生届はめでたく受理された。その五年後、今度は男の子に恵まれ、名前についても夫婦の意見も見事一致。〈拓〉と書いて「たく」と読む、なんの問題もない
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