保存用
それにまた苛立った。
焦って電話した自分がバカみたいで、それがなんだか悔しかった俺はぶっきらぼうに言った。
「用がないなら切るよ」
「あ、待って待って、切らないで」
慌てたようなナツの声に、少し耳から離したケータイをまた引き戻す。
「…なに」
「よーちゃんに起こしてもらいたかったの」
とても簡潔な、けれどどこか要領を得ないその答えに、俺は目を丸くした。
「…はあ」
「正確にはね、今日の1番最初によーちゃんの声を聞きたかったの」
まだ少し眠たげな、でもどこか幸せそうな、そんな声でそう告げるナツ。
そんなナツに、俺は迷った末にこう言った。
「…どうせ会えるだろ。今日」
可愛げの欠片もない台詞。
いや、男の俺に可愛げなどはいらないが。
それでももう少しマシな台詞はないものかと、そう悔やむ前にナツが言う。
「うん。でも、聞きたかった」
普段とは少し違う声で。
電話越しでも分かるほど、甘さを含んだ声で。
ナツはそう言った。
「…そっか」
先ほどまでの苛立ちはどこへやら。
気を抜けば口元が緩みそうな、そんな気持ちに浸りながら、言うことに困った俺は相づちをうった。
「よーちゃん」
まだ少し甘い声で俺に呼びかけたナツ。
「ん?」
「おはよっ」
すっかり目の覚めた、いつものナツの声で言う。
ああ、そういえばまだ挨拶してなかったな。
ナツは意外と真面目なんだよな。
と、そんなことを考えてる自分に、ふっと笑って言った。
「…ん、はよ」
へへっ、と嬉しそうな恥ずかしそうな、そんな笑い声が聞こえた。
end.