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「……んで…」

そう、分かっている。
俺は今、祈ることしか出来ない。
俺は、日美子殿のような治癒の術は使えないし、幻角のように手助けも出来ない。
ましてや、晴明のような陰陽術も使えない。
これは仕方のないことだ。
俺は俺であって、晴明ではない。
だから、術が使えないのは当然。
それでも、思ってしまうのだ。
なぜ、術が使えない。
なぜ、祈ることしか出来ない。
なぜ、晴明を助けることが出来ない。

都の守り人とは名ばかりだ。
俺にはなんの力もない。

「…なあ、晴明。お前なら…お前ならこんな時、どうする…?」

今はただ横になっているだけの晴明に、そう問う。
返事など、返ってくるはずがない。

何をしているんだ、俺は…
こんな時ですら晴明を頼ろうとするなんて…

博雅が目を伏せて、自嘲と共にため息をこぼしたとき、ふわりと風が吹いた。
その風に紛れて、微かに人の声が聞こえた。
それは、いつも聞いているあの声で…――

『――お前の、笛の音は…―』

「…っ!」

博雅はハッと目を開けて晴明を見るが、なんの変化もない。

ただの、幻聴…

博雅は、それでもいいと思った。
今のがただの幻聴でも勘違いでも。

今の俺に、少しでも出来ることがあるのなら…

ぐっと握りこぶしを作った博雅は、それを畳に押し付けて静かに立ち上がった。


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