あの雨の日、きみの想いに涙した。




『久しぶりだな』

電話越しでも浮かぶあいつの顔。

5年ぶりの声は俺に走馬灯のように過去の出来事を思い出させる。

このまま電話を切ってしまおうかと手が迷う。
でも俺は逃げたくない。もうこんなヤツから逃げたくないんだ。


『……なんの用?』

俺は声を振り絞った。


『へえ、声を聞いただけでだれだかわかってくれるなんて嬉しいねえ』

嫌味ったらしい声は俺の体を熱くする。


『用件はなんだって聞いてんだよ』

こんなに感情が溢れ出してきたのは久しぶりで、それと同時に気づいてしまった。受話器を持つ指先が震えていて、今すぐにでも足がすくんでしまいそうな感覚。


暴力という力で押さえ付けられていたあの頃の自分がすぐに顔を出す。

こんなに成長して、もう幼いままではないのに、あいつの声だけで動揺して、今すぐにでも逃げたくて。あの頃の光景がまるで昨日のことのように蘇ってくる。

俺は過去から逃げることはできない。

< 110 / 291 >

この作品をシェア

pagetop