あの雨の日、きみの想いに涙した。



父親は煙草をくわえたまま、再びベンチに腰かけた。俺はベンチの横に立ってどう話を切り出してくるのか様子を見る。


「……お前本当にあの家、譲る気あんのか?」

「それで気が済むなら」

俺の答えはシンプルだった。


父親は目を細めてフーッと煙を空にはいた。俺はこの仕草が昔から大嫌いだった。俺が言った反論、言葉。その全てを煙と一緒に吐かれてるみたいで。


「お前、俺のこと恨んでるだろ?」

父親は煙草を地面に押し付けて、二本目の煙草に手を伸ばした。


「わざわざ聞かなくてもわかるだろ」

俺の言葉に父親はまた鼻で笑う。


たくさん聞きたいことはあるけど、一番聞きたかったこと。これを逃せばその答えには永遠にたどり着かない。


「……母さんのこと、どう思ってる?」

俺は今まで父親の涙は見たことがない。もっともこんなヤツが泣くわけがないし、そんな姿想像もできないけど。


母さんが死んだ葬儀の時も父親は泣かなかった。自分の暴力で死に追い込んだのだから涙なんて流すわけがないけど、どんな理由があろうと自分の妻が死んだのだから、なにか感情を見せても不思議じゃない。


反省の涙でも、謝罪の涙でも、罪悪感の涙でもなんでもいい。なにかひとつでも感情を見せたなら俺が一発ぶん殴ってやったのに。

今さら遅いんだよって。お前が死ねばよかったのにって。

そうぶん殴ってやったのに。父親がなにひとつ感情を見せないから、俺は今でも発散できずにいる。

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