あの雨の日、きみの想いに涙した。



「悪かったと思ってる」

父親の持っている煙草がゆっくりと短くなっていく。灰になった煙草が地面にポツリと落ちた。


「……って言えば、お前は満足か」

その言葉と一緒に地面に落ちた灰を父親は足で踏みつけた。少しだけ期待をしてしまった自分が後悔して、気づくと俺は拳を固く握りしめていた。


「……母さんは、母さんは一度だってお前のことを悪く言わなかった」

必死に声を振り絞った。


小さい頃から俺の唯一の味方だった母さん。母さんが殴られるのを見るたびに父親への憎悪が膨らんだ。

それなのに母さんは……父親の悪口は絶対に言わなかった。

こんなにも俺の憎しみは増えるばかりなのに、絶対に言わなかった。


「なんで……なんで傷つけるだけなら母さんと結婚したんだよ」

「………」

「……なんで、なんで愛せもしないのに家族なんて作ったんだよ……っ!」

感情が抑えられずに声を荒げた。


母さんが悪口を言わなかったのは、自分の夫だったから。
俺の父親だったから。家族だったからだ。


「こんなに苦しいなら……俺は生まれてこなきゃよかったよ」

一筋の涙が頬に流れた。

自分の人生を全てを否定するわけじゃない。こんなことを口に出して言えば、空で聞いてる母さんが悲しむだろう。


だけど言わずにはいられない。だって母さんが違う人と結婚していたならきっと幸せな人生を送れた。

俺は生まれていなくてもいい。生まれなくていいから、違う人と結婚して子どもが産まれて今も生きていられたんだと思うと、悔しくて涙がでた。

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