あの雨の日、きみの想いに涙した。



「なんで俺は今も生きてるんだろうな……。由希頼むから俺を殴ってくれ」

弱々しく言う父親の胸ぐらを俺は勢いよく掴んだ。その反動でベンチに座っていた父親の腰が持ち上がる。

怒り、憎しみ。何度頭の中でコイツのことを動かなくなるまで殴ったかわからない。俺はギュッと拳を握りしめた。そして……。



「俺はアンタを殴らない。殴っただけで精算できる痛みじゃないから」

俺が胸ぐらを離すと、父親の体がストンとベンチに戻った。


ずっとずっと殴ってやりたかった。俺の気が済むまで。

過去にやられた倍の数ぐらい殴ってやりたかった。

だけど思う。いくら殴っても痛みなんて消えやしないって。殴って今までのことをチャラにできるほど、単純じゃない。


「殴れよ由希……頼むから」

父親の体が小刻みに震えてる。雨なんて降っていないのに地面にはポツポツと滴が落ちていた。


家族をバラバラにしたくせに、結局自分の壊した繋がりを求めていたのは父親だった。

父親は弱かった。

そんな言葉で済まされないけれど、だれよりも弱い人間だったんだと思う。


たぶん俺もあのまま成長していたら、父親みたいになってた。時が過ぎて手遅れになってから大事なものに気づく。

ひとりになったのは父親のほうだ。
< 252 / 291 >

この作品をシェア

pagetop