23日の金曜日

小林がいる管理人室には、ふすまで仕切られた6畳ほどの小上がりがあり、給湯室も備えられている。
小林は、照明スイッチの上に書かれた「不在時消灯!」のサインを無視し、その全ての照明を明々と灯していた。
宿直で入るときは、夜が完全に明けるまでこうしている。

そしてテレビは、笑い声がやたら挿入されている軽いノリの番組を選び、ボリュームを鼓膜が耐えられるギリギリのところまで上げる。

「ワーハッハ!これは面白いぞ」

面白くなくても笑ったり、挿入歌に合わせて大声で歌ってみたりと、「オバケのことなんて眼中にない、器のでかい男」をひたすら演じる。

もしオバケが来ても、
「ここはオレの出る雰囲気じゃないな」
と思ってもらえるようにという、必死の防衛手段だった。

音楽学校の夜間警備。
怖がりの小林が、この仕事を好んで選ぶはずもない。昼間やっている布団打ち直しの営業だけでは食べていけないので、やむなく就いた職だった。
それにしても・・・

音楽室といえば、「全国の小学生100人に聞きました!学校でオバケが出そうな場所はどこですか?」アンケートで、トイレと並んで必ず上位に入ってくる場所であろう。

古めかしいレンガ造りの校舎。
ベートーベンの胸像。
生い茂るツタの葉。
高伊音楽院は、学校全体がその音楽室みたいなものだった。

どこに目を向けても、怖い。
ベートーベンがこちらを睨んでいるような気がする。
どこかから、悲しげなメロディが聞こえてくるような気がする。

あー!
しまった!またオバケのことを考えてしまった。

今宵何回目かの失敗を繰り返しているうちに、時計が夜の11時を指した。
3時間おきの見回りの時間だ。

また、この時間が来てしまった・・・

小林は、恐怖におののきながら懐中電灯を手にとった。




< 2 / 12 >

この作品をシェア

pagetop