In the world
母が紅く染まっていた。
頭は使いものにならなかった。
パニックで何も考えられない。
ただ人の温もりを求め、母の腕やら顔やらを触った。手が血で真っ赤になり、顔はいくつもの塩水が流れ落ちる。
「そうですっ!はやく、早く来てください…っはやくっ…!」
比菜子は携帯で救急車を呼んでいるようだった。普段の温厚な性格からは考えられないほどの、怒声のようなヒステリックな声だった。語尾が震えていた。
母の体はどんなに触っても冷たかった。信じたくなかった。
こんな現実。
…現実…本当に…?
しかし母が死んだことはまぎれもない真実だった。
身体は冷たく、かたくなっていた。
*
それから救急車隊員がやってきて母の体を車に運び込んだ。
「なんで…どうして…」
私は心のどこかがプツリと切れたような気がした。
泣き叫ぶことも、恐怖に震えることなくなった。
ただ茫然と事の次第を見つめることしかできなくなっていた。
涙だけが無数に流れては落ちた。
*
霊安室の札が掲げられた部屋に母は入れられた。
父は外国からすっ飛んできたが、母を見るや否や泣いた。目の前の現実を受け入れるのに長い時間を要した。…そんな父を見るのもまた辛かった。
そして私の心の中では新たな感情が芽生えつつあった。
「誰がこんなことを…!」