アリスズc

「お外が嫌いな方の坊ちゃんか…」

 男の目は、まっすぐにハレに向けられた。

 憎々しく、吐き捨てるような声。

 リリューが、既に刀を抜いたというのに、まったく動じている様子はない。

 続いてモモも抜刀したが、彼女の方に視線ひとつ動かすこともなかった。

「一人で来たからには…貴殿も自分の力に自信があるのでしょう」

 猛毒の言葉など、ハレの皮膚一枚焼くことさえない。

 既に、己は魔法が使えない身でありながら、それを決して匂わせなかった。

 余りの動じなさにか、男は忌々しげに舌打ちをする。

 あと一歩でも近づこうものなら、リリューは斬りかかるつもりだった。

 既に、ハレの許可は宣戦布告という形で出ている。

「お前を嬲り殺して、バカ女を連れ帰れば、誰もオレに逆らうものなど出ないな…」

 だから。

 男の口が、その三文字を唇だけで綴った次の瞬間。

 一歩より先に。

 その口が──大きく開いた。

 音は。

 なかった。

 だが、波は来た。

 聞こえない音の波。

 リリューは、踏み出そうとしたのだ。

 一歩を自分の足で、飛び越えようとしたのだ。

 だが。

 音の波の方が、速かった。

 刀を持ったまま、リリューは動けなくなった。

 全身が石のように固まり、心以外が全て封じられたのだ。

 そして、動けなかったのはリリューだけではなかった。

 視界の端に映る全てが、止まったのだ。

 モモも、ホックスも──ハレも。

「ハッハッハッ! ざまぁねぇ!」

 男は、大きな嘲りの笑いを発した。

 ああ、そうか、そうだったか。

 動けないまま、リリューは理解した。

 トーは、歌しか歌わない。

 だが、その歌に沢山の秘密は隠されていたではないか。

 人の心を揺さぶる歌。

 そう──彼らの魔法は音、なのだ。
< 101 / 580 >

この作品をシェア

pagetop