アリスズc

「生意気な女だな」

 男は、モモに視線を向けた。

 それが分かっていながらも、リリューは動けない。

 モモの持つ刀が音を立てたのを、彼も聞いた。

 彼女は、音の波の呪縛に抵抗しているのだ。

 自分もまた、これを破らねばならない。

 破らねば──何も守れはしないのだから。

 カタカタ。

 モモの刀の鍔が鳴る。

 彼女の刀は、魂を持たない。

 だが。

 リリューには、いままさに魂を持とうとしているように感じられた。

「女だてらに剣など持って…勇ましいことだな。男の真似がそんなに好きなら、乳房などいらんだろう?」

 嘲る音は、笑いと共に。

 男は剣を抜き、その切っ先をモモの胸に押し付ける。

 カタカタ。

 モモは、男の言葉に反応などしなかった。

 ただ、ひたすらに集中して、その呪縛を引きちぎろうとしている。

「生意気だと言ってるんだよ!」

 振り上げた剣の柄で、男は彼女の横っ面を激しく打った。

 どさっと、モモはその場に倒される。

 大丈夫。

 リリューは、息をした。

 いや。

 自分が呼吸している事実を、まず知ろうとした。

 モモは、まだ大丈夫だ。

 男は、剣の腕が立つ方ではない。

 リリューには、そう見えた。

 魔法の方に、自信があるのだろう。

 あんななまくらの剣では、即死はない。

 そして、ハレを嬲り殺しにしたいというのならば。

 わずかだが、リリューには時間があるということだ。

 息をする。

 母が教えてくれた。

 ヤマモトの──呼吸。
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