アリスズc

 頬が、焼けるように痛かった。

 痛い。

 桃は、その感触を確かめる。

 この痛みは、自分のものだ。

 この頬は、自分のものだ。

 あと少し。

 もう少し。

 身体を縛る鎖は、ガチャガチャと鳴っている。

「……!」

 脚を、男に強く踏みつけられた。

 痛い、痛い。

 自分の心とつながる、身体のすべて。

 決してそれは、途切れてはいないのだ。

 動け、動け。

 心と身体は、これまでずっと共にあった。

 それを思い出せ。

 ゆらりと。

 焚き火に照らされた男の影が、自分の上で大きくゆらめく。

 動け。

 剣が、振り上げられている。

 自分の真上で。

 この身体に足をかけ。

 自分に向けて、突き立てようというのだ。

 桃は、それをまるで他人事のように感じていた。

 動けなければ、そんなことを知ったところで、恐怖を感じたところで、何の意味もないのだ。

「桃!!!!」

 名を、呼ばれた。

 一瞬、彼女の脳裏にひらめいたのは、沢山の小さな薄紅の花をつけた木。

 見たこともない、花。

 それが、自分の名前。

 呼んだのは。

 コー。

 彼女は──動けたのだ。
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