アリスズc

「桃!!!!」

 叫んだのは、コーだった。

 その直後──二つの刀は同時に唸った。

 呪縛から解放されたハレは、それを確認するより先に、焚火に反射する日本刀の閃きを見たのだ。

 横たわったまま斬り上げるモモの刃は、男の腿を掠める。

 離れたところから、矢のように跳んでくるリリューの刃は、目一杯切っ先を伸ばし、その腕を裂く。

 だが、いずれもそれは骨まで届いてはいない。

 男は、即座に音の波を吐く。

 再びの呪縛は。

「桃!」

 必死に名を呼ぶ娘が──解いてくれた。

 音の呪縛は、より強い音が解くのか。

 少なくとも、彼女にはその力があるのだ。

 血を流しながらも、男はコーに向けて腕を伸ばす。

 自分の魔法の邪魔をする源を、抑えようと言うのだ。

 刀から逃れた男の腕が、コーの首に絡みつくように締めた。

 再再度の音の波。

 動けなくなった彼らを、ぜいぜいと息を荒くしながら見る男。

 コーが声を発することも出来ないように、強くその喉を絞めあげた。

「上手に…しつけたじゃねぇか」

 腕と足から、だらだらと血を流しながら、男は更にコーを締め上げる。

 苦しげに、彼女は足をばたつかせた。

 これまでか。

 ハレは。

 右手を、動かしていた。

 この呪縛の中、彼は己の右手の自由を取り戻したのだ。

 髪を、掴む。

 引き、抜く。

 父上、母上、テル。

 覚悟なら、決めた。

 この旅を、失敗する覚悟。

 二度目の魔法を使う──覚悟。

 なのに。

「あぁぁぁぁああああ!」

 モモが、強い叫び声と共に、足をにじり出した。

「………!」

 リリューが、身体を引きずるように前に進む。

 二人の剣士は、己の力で魔法の鎖を引きちぎろうとしていたのだ。

 鬼気迫るその力。

 まだ。

 まだ、ハレの出番など──どこにもなかった。
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