アリスズc

 コーが、モモにへばりついている間に──ハレには、やるべきことがあった。

 それは、ホックスの肩をたたくこと。

 彼は、それにようやくはっとしたのだ。

 自分が動けるようになっていたことさえ、ホックスはまったく気づいていなかったのである。

「大事ないか?」

 ハレの問いかけに、彼はカァっと顔を赤くした。

 珍しい反応だった。

 突然起きた魔法の絡む戦いに、興奮したのだろうかと思ったが、うまく読み取ることは出来ない。

「大丈夫です」

 彼は、そう答えたきり、むっつりと黙りこんでしまったのだ。

 もしかしたら。

 コーの存在を、疎んじ始めているのかもしれない。

 彼女がいるせいで、こんなとんでもない目にあうのだ、と。

 今回、確かにあの男は追い払うことが出来た。

 しかし、彼はまだ生きている。

 コーの所在も、しっかりと掴まれた。

 今後もまた、必ずやってくるだろう。

 そして今度は── 一切の余裕も見せずに全力でつぶしにくる。

 自分の魔法の優位性が、リリューとモモに崩されかけたのだから。

 コーの声を除いても、だ。

 ホックスの沈黙の意味は。

 後に、明らかになった。

「彼女の力を…合理的に使うべきです」

 それが、彼の提案だった。

 あの男が、また来ると言うのならば、それを破ることのできるコーの魔法を、実践で使えるほどにすべきだと。

 そう、言うのだ。

 それを聞いたモモが、ぎゅっと彼女を抱き寄せる。

 まるで、自分の娘を取られまいとする、母親のように。

 そうか。

 分かったことがあった。

 ハレが己の髪をひきちぎり、旅の失敗を覚悟したあの時。

 ホックスもまた。

 己の死を、一番身近に感じたのだ。

 生きたいと。

 生き延びたいと、ホックスは本気で思って──考えたのだ。
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