アリスズc

 オリフレアと入れ違いで、テルは出発することにした。

 手紙はハレに渡してもらうよう、領主に預けて。

「長居しましたからね…気をつけましょう」

 語りかけてきたのは、ビッテだった。

 ああ、そうだな。

 テルは頷く。

 六日も、敵に準備期間をくれてやったことになる。

 飛脚なら、遠く遠くの町まで届く距離だ。

 少なくとも、月の連中は舌なめずりで待っていることだろう。

 イデアメリトスの反逆者の洗い出しは、父の手腕に頼るほかない。

 次の領主の町まで行く頃には、父親から返事が届いているかもしれない。

「そういえば…」

 緊迫する人間たちの中を、ヤイクのひねりのある声が流れる。

「殿下は知ってました?」

 何かを思い出すような、天を見上げる声。

「日向花の君の、世話役のことを…」

 彼は、ついにオリフレアの事を、その母の二つ名で呼ぶことに決めたようだ。

 本人が聞けば、また癇癪を起こしそうだが。

「世話役?」

 エンチェルクくらいの年齢の女性だった。

 その程度しか、彼は認識していなかった。

「そうですね…女性は記録には残りませんからね」

 ふっと、ヤイクは毒を滲ませて笑う。

 この国では、どれほど女が活躍しようが、その記録はほとんど残ることはない。

 ウメにしかり、キクにしかり。

 母は、太陽の正妃ということで、例外中の例外なだけ。

「彼女…お父上の世話役として、一緒に旅をした女性ですよ」

 うちの遠縁でね。

 それは、ただのくだらないヤイクの雑談だったのだろう。

 だが、瞬間的にテルの頭の中に、過去の光景らしきものがよぎる。

 勿論、それは想像に過ぎないのだが。

 オリフレアの一行の中に、父の旅を知る女性がいる。

「そうか…頼もしいことだな」

 その経験は、きっと彼女を助けることだろう。

 分かっていたからこそ、オリフレアも年齢の高い彼女を選んだのか。

「女も…捨てたものじゃないでしょう?」

 ヤイクの笑いに──エンチェルクは、決して笑ったりしなかったが。
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