アリスズc

「駄目ですね」

 ヤイクの言葉は、常に事実に基づいたものだ。

 六日間の領主宅への逗留は、予想以上に月の一族を集結させていた。

 その数、100を下らない。

 少なくとも、剣でまともにやりあえる数ではない。

 テルたちは、戻る道を選ぶしかなかった。

 細い街道で行く手がふさがれたのならば、そうするより他ないのだ。

 本当に幸いなのは。

 魔法を使える月の人間が、そこにいなかったことだろう。

 もしもいたなら、既に何らかの魔法を仕掛けてきているはず。

「戻ったところで…未来はないな」

 走りながら、テルはそれを言葉にした。

 領主宅まで駆け戻って、頭から掛布をひっかぶって成人を向かえるワケにもいかない。

 彼らの後に、オリフレアもハレも通る道だ。

「ある意味…これがいま…集められる最大数…とも考えられますな」

 ぜいぜいと息を切らしながら、ヤイクも「それ」を望んでいるようだ。

「私が食い止めます」

 ビッテは、号令ひとつあれば、命を賭けてでもあの群れに突っ込んで行く気だった。

「いや…皆に前回の借りを返す時が来たようだ」

 テルは──足を止めた。

 土煙を上げて迫る集団を、まっすぐに見やる。

「殿下!」

 すぐ前に、ビッテが立ちふさがる。

 エンチェルクも。

 ヤイク一人が、やれやれとテルの後ろに立っていた。

「皆…頭を下げて、しっかり俺にしがみついていろ」

 テルは。

 猛り狂う怒号を聞きながら、髪を抜いた。

 右手に、それを絡める。

 あの時、皆が残してくれた魔法の力を、本当に必要なところで使うことが出来るのだ。

 右手を──激しく緑に燃え上がらせた。
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