アリスズc

「ハレイルーシュリクス、すごいね」

 しびれた足をなでながら、コーがそう言った。

 ハレは、既に女部屋を出て行って、ここにはいない。

「すごい?」

 桃は、聞き返した。

 すごくないと思っているわけではない。

 桃だって、この旅路でハレのすごさを見てきたのだ。

 それについては、同意なのだが。

 ただ。

 コーが、どんな風にハレを見ていて、何をすごいと思ったのか、それを聞きたかった。

 相手に話を引きださせる時の、言葉の使い方。

 それと理解して使っているわけではないが、母の話術は桃にも未熟ながらに受け継がれているのだ。

「うん、すごい…ハレイルーシュリクス、おっきいよ」

 コーは、嬉しそうに言う。

 ハレが大きいのが、何が嬉しいのだろう。

「そっかなあ、私には小さく見えるけどな」

 桃は、わざと自分より小さい背を教えるように、自分の胸のあたりに手の側面を当てた。

 身長、このくらいだよね、と。

 すると、コーがぷぅっとふくれた。

「ハレイルーシュリクスは、おっきいの。小さくてもおっきいの」

 一生懸命伝えようとするその姿は、とても可愛らしい。

 見た目と裏腹の、まだ幼い自我。

 一昨日よりも昨日、昨日よりも今日。

 その自我は、物凄い勢いで育っている。

 長い間止まっていたコーの時間が、早回しで年齢に追いつこうとしているのだ。

「コーね…ハレイルーシュリクス、大好き」

 にっこりー。

 その余りの満面の笑みに、桃はちょっと意地悪な質問をしてみようと思ってしまった。

「私とどっちが好き?」

 その瞬間の、コーの顔と言ったら。

 想像もしていないことを聞かれた衝撃から、なかなか抜けられないようだった。

 ええと、ええとと、一生懸命考えた後。

「お、おんなじくらい…」

 コーは、はにかみながら答えた。

 それは、昨日まで持っていなかった──彼女の新しい表情だった。
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