アリスズc
∠
『桜に会ったら、よろしく言っておいてね』
母は、テルにそう微笑んだ。
桜。
母の国の樹木。
その木が、この草原にあるという。
そこが──母の降り立った場所なのだ。
探すまでもなかった。
ここは、草原なのだ。
背の高さがほぼ均一な草むらから、一本だけ飛び出したものがある。
あれが、そうだろう。
薄桃色の霞のかかった木。
テルは、最初それは葉の色なのかと思っていた。
だが、近づくと違うことが分かる。
全て。
その霞の全ては、美しい花だった。
葉の緑など、どこにもない。
ただただ花でいっぱいの、幻想的な木だった。
木に敬意を払うかのように、周囲に草は生えていない。
そんな花の下に、男が座っている。
無心に、その花を描いている──絵描きのようだ。
「マリストロイガーノス…」
エンチェルクが、怪訝そうに男の名を呼ぶ。
テルも、その名には聞き覚えがあった。
父と母の絵に描かれているサインでもあり、キクの道場に出入りする絵描き。
だが、男は自分の名に反応などしなかった。
取りつかれたように、この木を描いているのだ。
「これが…桜か」
テルは、木の幹に手をあてた。
ざわりと、違う空気がテルのうなじを撫でる。
木の周囲だけ、この国のものではない時間を感じた。
テルは、花を見上げた。
空は薄桃色に染まり、めまいに似た気分を、味わわされる。
嗚呼。
血が。
自分の中に流れる、母と同じ血が──騒ぐ。
『桜に会ったら、よろしく言っておいてね』
母は、テルにそう微笑んだ。
桜。
母の国の樹木。
その木が、この草原にあるという。
そこが──母の降り立った場所なのだ。
探すまでもなかった。
ここは、草原なのだ。
背の高さがほぼ均一な草むらから、一本だけ飛び出したものがある。
あれが、そうだろう。
薄桃色の霞のかかった木。
テルは、最初それは葉の色なのかと思っていた。
だが、近づくと違うことが分かる。
全て。
その霞の全ては、美しい花だった。
葉の緑など、どこにもない。
ただただ花でいっぱいの、幻想的な木だった。
木に敬意を払うかのように、周囲に草は生えていない。
そんな花の下に、男が座っている。
無心に、その花を描いている──絵描きのようだ。
「マリストロイガーノス…」
エンチェルクが、怪訝そうに男の名を呼ぶ。
テルも、その名には聞き覚えがあった。
父と母の絵に描かれているサインでもあり、キクの道場に出入りする絵描き。
だが、男は自分の名に反応などしなかった。
取りつかれたように、この木を描いているのだ。
「これが…桜か」
テルは、木の幹に手をあてた。
ざわりと、違う空気がテルのうなじを撫でる。
木の周囲だけ、この国のものではない時間を感じた。
テルは、花を見上げた。
空は薄桃色に染まり、めまいに似た気分を、味わわされる。
嗚呼。
血が。
自分の中に流れる、母と同じ血が──騒ぐ。