アリスズc

 素晴らしい絵を描いているのだと、ハレは見なくても分かった。

 彼の描く絵が、ぽぉっと微かな光を放っていたからだ。

 無機物は、光らない。

 光るとすれば、それは魂が込められた逸品だけ。

 彼は、無精に伸びたヒゲもそのままに、絵に打ち込んでいる。

 花を、描いているのだと思った。

 マリスと呼ばれる男の方へと近づき、その絵が見えた時──ハレは、自分の考えが間違いであることに気がつくのだ。

 マリスが描いていたのは。

 満開の花の園にいる、力強いテルの姿だった。

 この木は、一本だけだ。

 到底、絵のような園ではない。

 だが。

 マリスには、そう見えたのか。

 その記憶が、彼を寝食を忘れたように絵を描かせるのだ。

「桃、キレイキレイ、桜キレイ」

 マリスの絵もそっちのけで、コーが木の周りを回る。

 そんな彼女が、ふと足を止め、そして首を傾げた。

「コー…この花の歌、思い浮かばない」

 しょんぼりとした声だ。

 この桜という花は、母の国のもので。

 母の国の法則で咲く花のための歌を、彼女は思いつかないのだろう。

「桜の歌? ひとつだけ知ってるけど」

 モモが、うーんと唸る。

「教えて、コー歌う」

 嬉しそうに桃の方に駆け寄る彼女に、モモは若干戸惑い気味だった。

「かあさまの国の言葉だから、あんまり自信がないんだけど…」

 モモは、結局コーに負けて、小さい声で歌を教えている。

 聞いていた白い髪の少女の目が、次第に輝いてゆく。

「さーくらー さーくーらー」

 モモの声を追いかけるコーが紡ぎ出す、薄紅色の音の波。

 ざわっ。

 木が──応えた。
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