アリスズc

 さくら さくら やよいの空は

『弥生ってなぁに?』

『三月のことよ。日本では春ね』

『春ってなぁに?』

『とても寒い時期が終わった後に来るものよ』

 見わたす限り かすみか雲か 匂いぞ出ずる

『どこに行けば、桜を見られるの?』

『いつか、イエンタラスー夫人に会いに行くことがあれば、きっと見られるわね』

 いざや いざや 見にゆかん

『うん! きっと見に行く!』

 ザァァァッ。

 コーが。

 桜の花を舞い踊らせる。

 木は、まるで1000年以上生きたかのような巨木に感じられた。

 コーが歌うごとに、それは大きく大きく枝を広げていく気がする。

 ふわり。

 コーの足が──浮いた。

 本当に、浮いた。

 さくら さくら

 木のてっぺんに、呼ばれるかのように彼女は宙の階段を昇ろうとする。

 花が、コーを連れて行こうとする。

 その木が、更に大きく広がったのは──木の下に、もう一人が来たからか。

 ぶわっと、はじけるように木全体が花びらを散らす。

「コー…」

 ハレだった。

 彼が、コーを呼ぶのだ。

 昇りかけた宙の途中で、細い足が止まる。

 彼女は、振り返った。

「ハレイルーシュリクス!」

 トンッと。

 彼女は──降り注ぐ花びらを蹴った。

 そのまま、ハレに飛び込む。

 そこで、桃は彼がまだ10歳の姿をしていることを思い出した。

 支えきれずに、コーと一緒に地面に倒れる羽目となったのだ。

 いま、一瞬。

 ハレが、大人の男に見えたのは──桜が見せた錯覚だったのか。
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