アリスズc

 若い。

 若い女が──桜の木の向こう側から、こちらを見ていた。

 あっ。

 リリューの意識が、大きく揺さぶられる。

 覚えている。

 自分を助けた女。

 とても若い、母の姿だ。

 花が、耳の中で唸るように巻く。

 そんな母に良く似た、見知らぬ男が次に現れる。

 強い、強い男だと分かる。

 父とは違う、母にも引けを取らない、強い男。

 また男だ。

 少しずつ衣装や髪型の雰囲気を変えながら、次々と男が現れて行く。

 熱かった。

 そう、左の腰が。

 嗚呼。

 嗚呼、そうか。

 これは、お前の記憶か。

 お前を受け継いできた、人たちの姿か。

 リリューは、腰から刀を鞘ごと引き抜いた。

 母の父、そのまた父。

 あるいは親戚か師匠か、はたまた見ず知らず人の手を渡ったか。

 サダカネという刀の魂が、出会った人間たちの記憶。

 血は受け継がなかったが、ちゃんと魂は受け継いでいる自分を、打ちのめされるほど思い知る。

 母は、この中の全ての人間に、きっとリリューを誇ってくれる。

 そして。

 この中に、いつか自分も入るのだ。

 誰かに、この刀を渡した時に。

 たくさんの男たちの最後の最後に、一人の男の後ろ姿が、見えた。

 呼ぶのだ。

 この男の名を。

 心のままに。

「定兼…」

 振り返る途中で止まった男の唇の端が──微かに上がった気がした。
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