アリスズc

『定兼は、夢には出ない』

 いつだったか、母が言った。

 この刀は、いつも現にいるのだと。

 さっき、リリューが見たものも──だから、夢ではないのだ。

 月の下、青白く幽玄に姿を変えた桜が、自分を見下ろしている。

 昼間とはまったく違う、死にとても近いと思わせる姿。

「キクの…刀だ」

 マリスが、茫然とそれを口にした。

 彼は、剣士ではない。

 だが、絵描きだ。

 その瞳には、母の刀の美しさの全ては焼き付いていたに違いない。

「いまは…私の刀です」

 リリューは、はっきりとそう言葉にし、少しだけれども笑えた。

 腰に、ゆっくりと刀を戻す。

 ぴたりと、定兼はそこへおさまる。

 最初から、そこが居場所であったかのように。

 現で、定兼に出会えた。

 そして。

 彼を呼べた。

 彼の本質の名で。

「怖いね…でも、綺麗だね」

 コーが、定兼を見ている。

 本質の音を教えてくれたのは、この少女だった。

 魂の形の音。

 母が、定兼が、桜が、コーが──さかのぼれば、この旅に自分を選んだハレが。

 全てが、この瞬間にリリューを連れてきた。

 来るべくして、自分はここに来たのだ。

「やはり、リリュールーセンタスに従者は似合わないな」

 ハレが、少し残念そうに笑った。

「この旅が終わったら…自分の旅をするといい」

 惜しいと思った。

 この男が、上に立たないのは。

 リリューは、前にそう思ったのだ。

 だが、この男もまた、自分の旅をしたいと思っているのだろう。

 あの大きな一本の桜の姿のように── 一人でも強く生きていく男になるのだ。

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