アリスズc

 誰、だろう。

 入って来た若い男──クージェリアントゥワスは、髪をとても美しく整えていた。

 若さ特有の傲慢さを、まだ完全には消し切れていないが、その衣装や仕草には優雅さが漂っている。

 いかにも、貴族の子息らしい男だ。

 そこまで考えて、はっと桃は理解した。

 かなり前の手紙で、夫人が養子を迎えたと書いてあった。

 それが、この男のことなのだろうか。

 夫人の義理の息子。

 彼の視線を感じながら、桃はすっと一歩下がった。

 そして、夫人にしたように挨拶をするのだ。

 視線を再びクージェに戻した時。

 彼は、本当に興味深そうに、しげしげと彼女を見ている。

「モモ…本当に短い名前なのだな。ウメという名前も、聞いた時には驚いたが」

 いきなり、面と向かって名前のことを言われた。

「クージェリアントゥワス」

 その不躾さに、夫人のたしなめる声が飛ぶが、聞いてもいない。

「しかし、うん…悪くない」

 顔の造作に身体つきまで、じっくり見られている気がして、桃は困惑した。

 この人は、一体何を言いたいのだろうか、と。

「正式に認められていない子とは言え、卿の血が入っていることは間違いようのない事実のようだし…」

 さーっと、桃の中で血が下がった。

 正式に認められていない子──そう、はっきりとこの男は口にしたのだ。

 父のことを、はっきりと口に出しているのだ。

 その上。

「うん、母上…気に入ったよ。この娘なら、私の妻にしてもいい」

 いけしゃあしゃあと、桃に向かってこう言い放ったのである。

 瞬間。

 桃の頭の中心に、冷たい一本の金属が走った。

 冷たい冷たいそれは。

 怒り。

「全身全霊を賭けてお断り致します」

 まっすぐに男の目を見て、桃は微笑んだ。

 笑っていない──瞳で。
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