アリスズc

 ハレが一人で応接室に入ると、夫人がおかしそうに口元を押さえていた。

「何かありましたか?」

 ウメの肖像画に軽い驚きは覚えたものの、いまは夫人の方が気になった。

「いえ…お恥ずかしい話、息子には手を焼いていたのですよ。なさぬ仲ということもあって、どう扱ったらよいのか分からないところも多くて…」

 彼女の話は、こうだった。

 こんな息子には、ウメのようなしっかりした妻が必要だろうと。

 そんな時に、ウメの娘がここに来ることが分かった。

 彼女の娘であれば、きっとしっかりしているだろう。

 息子がモモを気に入って結婚してくれれば、自分も安心してこの領地を譲れる、と。

「でも、浅はかでしたわ」

 ふふ、と夫人は笑う。

「モモがウメに似ていれば似ているほど…あの子を選ぶはずなどないのですから」

 モモは、面と向かってクージェに断ったという。

「その時の、息子の顔と言ったら…」

 よほど、衝撃的に焼きついたのだろう。

 夫人は、しばらく笑いを止められないようだった。

「よい薬になったことでしょう…ああでも…本当によくウメに似ていること」

 ハレは、その笑みの向こうに、微かな淋しさを汲みとった。

 きっと、モモに残って欲しいと願っているのだ。

 だが、それは叶わないと知っている。

「モモは素晴らしい娘ですよ。強さも優しさも礼儀も…本当に申し分ない」

 ハレは、自分の知っている彼女を言葉にした。

 一緒に旅をしてきたのだから、それは彼もちゃんと分かっている。

 彼女がいたからこそ、コーはあれほど元気になったのだ。

 魔法など、最初のほんのきっかけに過ぎない。

 ただ、彼女の母、伯父、伯母、従兄と、素晴らしい人間が揃い踏みのおかげで、彼女はずっと自分を未熟だと思っているようだが。

「ええ…強い娘で、私もとても嬉しいのです。あれならきっと…エインライトーリシュトと会っても大丈夫でしょう」

 聞いたことのない人間の名を出された。

 モモにゆかりのある人間だろうか。

 誰であるかは──晩餐まで待つこととなった。
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