アリスズc

 リリューは、夜の庭を歩いていた。

 どこからともなく、竪琴の音とコーの歌声が聞こえてくる。

 従妹は、うまく夫人との対面を果たしているようだ。

 こういう内向きの仕事となると、リリューは途端に役立たずになる。

 だが、気楽でよかった。

 おかげで、久しぶりにこうして一人で好きに歩くことが出来るのだ。

 まだ、定兼に会ったことをリリューは忘れられずにいた。

 いま、自分の左の腰におさまっているその刀が、本当にようやく自分を認めてくれた気がしたのだ。

 その感触を、彼はゆっくりといま味わっていた。

 ふと、人の気配に足を止める。

 こんな夜に、裏庭の石段に誰か座っているのだ。

 珍しいな。

 夜を嫌い、建物の外に出たがらない人も多いというのに。

「やめる、やめない、やめる、やめない」

 小さい女の声が、ぶつぶつと奇妙な言葉を繰り返す。

「やめる、やめない、ああもう…やめたぁい!」

 その言葉が、どんどん怒りを帯びていき──ついには、両手両足を放り出す。

 余りに勢いよく放り出したので、その身体が後ろに傾ぐ。

「あ、わわ!」

 反射的に、リリューは動いてしまった。

 ぐらぐら揺れながら、後ろに倒れようとする女性の身体を止めたのだ。

「び、びっくりした」

 条件反射にリリューにしがみつきながら、女性はどきどきした声を止められないようだった。

「大丈夫か?」

 取り合えず落ち着かせようと、彼が言葉をかけると。

「って…え? え? えー!?」

 逆効果だった。

 今頃にして、ようやく自分がしがみついているのが、人間であることに気づいたように、彼女は驚いて飛びのこうとするのだ。

 ゴン!!!

 結局。

 彼女の後頭部は、後ろにあった戸に思い切りぶつけられることになった。

 リリューの助けは、残念ながら役に立たなかったのだ。
< 158 / 580 >

この作品をシェア

pagetop