アリスズc

「ご、ごめんなさい…」

 後頭部を押さえながら、女性は恥ずかしそうに言葉を綴った。

 月の光のたよりなさで、顔はそこまではっきりは見えない。

 シルエットからすると、ふくよかな女性のようだ。

「あの御方の、お連れの方ですか?」

 リリューが見知らぬ男であることから、彼女はそう判断したようだ。

「はい」

 そう答えると、ほーっと大きな安堵のため息が聞こえた。

「よかった…行ってしまう人で」

 そして。

 切実な声で、そう言ったのだ。

 同じ屋敷で働く他の人には、聞かれたり見られたくないところだったのか。

「やっぱり、綺麗な女でないと損なんですね…」

 行ってしまう人──それが分かると、彼女は安心したのだろうか。

 ぽつりと悲しい声を出す。

 リリューは、首を傾げた。

 綺麗な女。

 余り、考えたことのない話題だったからだ。

 最初に浮かんだのは、刀を持つ母。

 それ以外の母は、凛々しくはあるが、綺麗などという言葉で考えたことはなかった。

「私…最近ここの若様付きにされたんです。その理由が、今日分かって…はぁぁ」

 リリューが、ただ黙って聞いているしか出来ないでいると。

「今日の若様はとても不機嫌で、暴言の限りを尽されて…『おまえが私の側仕えにされたのは、太っていて醜いから、お前なら手出しをしないだろうという母の陰謀だ』、と」

 しおれてゆく声。

 最後は、大きな大きなため息で締めくくられる。

 ようやく、前後の文章の関係が、リリューの中でつながった。

 主である領主の息子に、ひどく言葉で傷つけられたのか。

 だから、やめるやめないで悩んでいたのだろう。

 ふっくらとした身体ではあるが、いまの彼女はとても頼りなく見えた。

「綺麗とかは…よく分からないが」

 リリューは、とつとつと言葉を紡いだ。

「やるべきことをしっかりと極めた人間は…美しいと思う」

 ぽんぽん。

 昔。

 小さかったモモにそうしたように、リリューは彼女の頭に軽く手を乗せたのだった。
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