アリスズc

 この沈黙に、一番つらい思いをしているのは──ホックスだったろう。

 紹介に立った手前、さっさと帰るわけにもいかず、彼は桃の隣に座っていたのだ。

「悪いが、ちょっと席を外しても構わないか?」

 どうにもこうにも、耐えられなくなったようだ。

 ハレに用があると言われては、誰もそれを拒むことは出来ないだろう。

 たとえそれが、単なる口実にすぎなくとも。

 そして。

 ホックスは、逃げてしまった。

 結果──エインと二人きりになったのだ。

 ふぅ、と。

 彼が吐息をつく。

 視線が、横へと逃げてゆく。

 エインもまた、この状況をきちんと扱えていないのだろう。

 しっかりしているように見えても、17歳なのだ。

 複雑で、当然だろう。

「お、お父上はお元気でいらっしゃいますか?」

 桃は、勇気を振り絞った。

 出来るだけ、相手の気持ちに配慮した表現にしたつもりだ。

 だが。

 彼は、桃を見ると険しい表情を浮かべたのだ。

「父上は…」

 あ。

 桃は、何かを察した。

 彼の口にする『父上』に、微かな含みを感じたのだ。

「父上は…あなたに会いたくないそうだ」

 パキンッ。

 いま。

 いま、何が割れた音がしたのだろう。
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