アリスズc

 ひとつ下の弟がいると聞いたのは、いつだっただろう。

 父の手紙で見た気がする。

『息子は、今年6歳になった』

 ああ、そうそう。

 こんな文章。

 だから、桃が7歳の時か。

『息子は、私の真似をして剣の練習をしている。小さいが、筋がいい』

 父の身分の話を、母からされた後──母は、これまできた手紙の全てを、桃が自由に読めるようにしてくれた。

 母への優しさのこもった個人的な手紙でさえ、まったく隠すこともしなかったのだ。

 だから、おそらく桃は全部読んだはず。

 なのに。

 あれ?

 息子の産まれた話を、桃は思い出せなかった。

 突然。

 息子の話は、6歳から始まったのだ。

 それを、桃は不思議に思わなかった。

 きっと、母を傷つけまいとしたのだと。

 母と別れてすぐ、誰か他の女性と結婚した、子供が産まれたと書けば、母が複雑な気分になると思い、あえて書かなかったと頭のどこかで納得させていたのだ。

 あれ?

 桃は、うまく頭の中で言葉をまとめられないまま、エインを見た。

 彼は、憂鬱な表情で顔をそらしている。

「お父上…結婚は?」

 おそるおそる。

 気持ちの悪い虫の入った箱を開ける方が、まだ桃は恐れたりしなかっただろう。

「してないよ。私は父の姉の子だ」

 ぶっすー。

 紳士の仮面など、どこへやら。

 ふてくされた声。

 誰のせいだと思ってるんだ──まるで、そう言いたいかのように。

 誰のせい?

 桃は、おそろしい考えにたどりついてしまった。

 か。

 かあさまのせい!!??
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