アリスズc

 桃は、何をどう言えばよかったのだろうか。

 応接室の外が、何やら騒がしいのは分かっていたが、いまの彼女はそれどころではなくて。

 ただ、エインが投げつけてきた、とんでもない生き物の処理に、本当に困惑していたのだ。

「本当は、君には感謝しなきゃならないんだ…私は」

 先に、口を開いたのはエイン。

 しかし、その言葉のどこに感謝が含まれているのか。

 本当に、言いたくなくてしょうがない事が、彼の中にはてんこ盛りなのだろう。

「君のおかげで、私が養子になることが決まって、父上の息子になれたのだから」

 ああ。

 いたい、いたい。

 小さなつぶてが、ぺちぺちと桃に当てられている気分だった。

 本気で憎んだり恨んだりしていないのは分かるのだが、これまで彼の中に積もり積もった小石を、桃に投げつけずにはいられないようだ。

「私は、五人兄弟の末っ子で、みっつ年上の兄もいた。でも、父上は私を迷わず養子に選んだ」

 何故か分かるか?

 そんな視線が飛んでくるが、桃に分かるはずもない。

 そしてまた、その答えが自分へのつぶてなのだろうということも、十分に分かっていた。

「私が…ただ一人、君より年下だったからだ」

 意味が、よく分からない。

 養子ならば、桃に関係なく好きな年の子を選べばいいのに。

「父上は…君の母上に、自分が結婚したと思わせたかったんだ」

 あ。

 桃は、『そう』思った。

 父は誰かと結婚して、そして息子がいるのだ、と。

 それと同じ誤解を、母に与えようとしたのだ。

 何故?

 何故そんなことをする必要が。

 桃の疑問は──衝撃と共に解かれることとなる。

「君の母上が、父上にまったく気兼ねせずに生きられるように、だよ」

 どれほど。

 どれほど、父は母を愛していたのか。

 その事実に、若い桃はただただうちのめされるしか出来なかった。
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