アリスズc

 部屋に戻ると、コーはぴくりとも動かないまま、ぐっすりと寝入っていた。

 そんな彼女を横目に、桃は寝台へとひっくり返る。

 今日は、本当にとんでもない一日だった。

 まだ、全然頭の整理がついていない。

 夫人との対面から、母の絵。

 クージェの乱入に、晩餐のコー。

 そして──エインとの対面。

 晩餐の時から、彼は桃のことをじっと観察していたに違いない。

 桃自身は、コーのことで一生懸命だったので、見知らぬお客に心を砕く暇もなかった。

 もし、彼が弟だと知っていたなら、もっと彼女の晩餐は違うものになっていたことだろう。

 おそらく、いまの三倍は疲れていただろうが。

 分かったことは。

 父が、いまでも深く深く母を愛しているということ。

 離れていようが、領主という立場であろうが、父は母以外に愛する人を決して作らなかった。

 それが、どれほどのことか。

 何度も言うが、領主なのだ。

 身分のある男は、結婚を早く迫られるもので。

 結婚もせず、跡取りも作らず──それらに、周囲の反対は当然あっただろう。

 だが、父は母と桃を選んだ。

 そして。

 母もまた、他の男を選ぶことはなかった。

『あなた一人を、命がけで産んだのですよ』

 昔、エンチェルクに、そう教えてもらったことがある。

 母は身体が弱く、本当は子供など産める状態ではなかったのだと。

 母は命を賭け、父は愛の誓いを立てた。

 その結果が、自分なのだ。

 ああ。

 かあさま、とうさま。

 ありがとうございます。

 いま、桃は自分が、世界で一番幸せな人間だと、強く強く噛みしめたのだった。
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