アリスズc

 朝、リリューは外に出た。

 使用人たちが起き出し、朝の仕事に取り掛かる時間だ。

 昨夜の石段に来たが、誰もいない。

 当然だ。

 彼女もまた、忙しい使用人の一人なのだろうから。

 リリューは、厨房へと向かった。

 厨房では、慌ただしく朝食の準備が始まっている。

 だが、彼女は厨房の担当ではないので、ここにはいないようだ。

 この家の若様付き。

 昨夜のことを思い出して、リリューは吐息をこぼした。

 人の上に立つ者としては、問題のある男だったのだ。

 やさ男でも、れっきとした男で。

 当たり前のように暴力も振るい、彼女の言い分を聞く限り、女性に悪さもしているのだろう。

 そんな男の世話を、毎日彼女はしなければならない。

 昨日、既にその心は折れかけていた。

 だが、ハレが文をしたため、その問題に対処しようとしてくれるのだ。

 人は、いつまで続くか分からない辛さには、耐えることが出来ない。

 けれども、希望のある辛さならば、耐えることは出来るのだ。

 だから、リリューは彼女にそれを伝えたいと思った。

 残念ながら、顔も名前も知らない。

 覚えているのは、声とシルエットだけ。

 だが、そのシルエットのおかげで、リリューは彼女を分かる気がしたのだ。

 それが、たとえ相手にとって失礼なことであったとしても。

 なのに。

 リリューは、彼女を見つけることが出来なかった。

 彼の出入り出来ないところで、仕事をしているのかもしれない。

 残念だと、思った。
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