アリスズc

 桃は、厨房へとやって来た。

 朝食を分けてもらいに来たのだ。

 昨日の夜こそ、特別に晩餐に招待されたが、普通の領主宅では、こうして桃が朝食を預かり、リリューとコーに配達している。

 ハレとホックスは、領主と食事をするか、もしくは特別に朝食の席を用意され、全て給仕されるようになっていた。

 まずは、リリューだ。

 桃は、膳を抱えて従兄の部屋へと向かった。

 ノッカーを鳴らすと、勿論リリューは起きている。

「桃です。朝食を持ってきました」

 そう言って、扉を開けると。

「………」

 リリューが、膳を受け取りに近づいてくる。

 だが、そんな彼には気になるところがあって。

 何故、顔にあざが。

 桃は、驚いてついまじまじと、従兄の顔を見てしまった。

 昨日、この屋敷についた時まで、そんなあざはなかった。

 その後から朝まで会わない間、リリューに一体何があったのか。

「リリューにいさん…その顔は?」

 膳を渡しながら、桃は素直に聞いてみる。

 彼とは、子供の頃から一緒だったので、剣の腕に対しての敬意はあるが、遠慮は余りないのだ。

 その敬意を払っている腕前の男が、どうして顔にあざを作れるのだろう。

「……」

 リリューは、動きを止めた。

 言葉を、考えているようだ。

 要するに──気楽に即答できないような、何か複雑な事情があるということで。

「誰にやられたの…?」

 おそるおそる、桃は質問を変えてみた。

「…ここの若様とやら」

 その返答は、簡単だったようだ。

 だが、リリューの言葉に、敬意はなかった。

 あ、あの人か。

 昨日の理不尽な様子を思い出して、桃はため息をつく。

「まあ、そう長い心配じゃない」

 そんな桃に、従兄はあっさりとそんなことを言う。

 あの夫人の養子息子を、叩き直す方法があるというのだろうか。

「殿下が文を書いた」

 リリューの言葉は、とても分かりやすかった。

 どんな手紙か、説明してもらう必要はない。

 ハレが、ここの夫人のために手を打った──それだけ分かれば、桃も安心することが出来たのだ。

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