アリスズc

 ハレは、予定通りに今日、旅立つことにしていた。

 この屋敷では、みなが何か思うところがあるようだ。

 ホックスやリリューは、ここの子息とトラブルを起こし、モモは自分の血に関することで何かあったようだ。

 だが、誰一人として、ハレの旅立ちに戸惑いを見せる者はいない。

 皆が、当たり前のように旅支度を終え、庭先で出立の号令を待っている。

 見送りは、二人だった。

 夫人と──エイン。

 クージェぼっちゃんは、どうやらご機嫌斜めのようだ。

 一度、二度。

 リリューの顎が動いた。

 普段、ぴたりと静止している男だけに、その様子は少し気になる。

 ここに来ていないクージェぼっちゃんでも、探しているのだろうか。

 だが、その顎はすぐにぴたりと止まった。

 エインは、ハレの方を見ているようで、時折モモへと視線を投げる。

 その表情は、穏やかでも晴れやかでもなく、複雑な色を帯びていた。

 昨夜、二人は何か話をしたようだが、それはエインの満足のいくものではなかったのだろう。

「是非、旅を成功させ、再びお立ち寄り下さいませ」

 年を取り、足腰も弱っているだろうに、夫人は深く深く膝を折る。

「ええ、必ず」

 ハレは、それを夫人に約束した。

 魔法は、既にない。

 だが、心強い従者たちがいる。

 日々、育とうとしているコーもいるのだ。

 きっと、自分は神殿にたどり着ける。

 そしてまた、ここに戻ってくるのだ。

 その時には。

 夫人の心が、今よりも安らかになっているといい。

 そして。

 従者たちの心のわだかまりも、解けるといい。

 その日を楽しみのひとつとして──ハレは、夫人の領地を後にしたのだった。
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