アリスズc

動と静


「やれやれ、まったく」

 ヤイクは、本当に口惜しそうにそう言った。

 街道脇の、木陰でのこと。

 彼の足首は、腫れあがっている。

 草むらで、毒虫に噛まれたのだ。

 テルの出す、太陽妃の薬を受け取りながら、エンチェルクはその足に治療を施し始めた。

 傷口付近の毒を、出さなければ。

 腰から、エンチェルクが小刀を抜くと。

「待て、まさか私の足を傷つける気じゃないだろうな?」

 ちょっと傷を入れるだけだというのに、ヤイクは彼女を責める。

 どうやら、痛いのはお断りのようだ。

「優しく、口で吸い出して欲しいのか?」

 くくくと、テルが愉快そうに笑う。

 言っている内容は、さっぱり愉快ではなかったが。

「そんなやり方があるのに、小刀を出すのか」

 ヤイクが、更に不機嫌になる。

 不機嫌になりたいのは、エンチェルクの方だった。

 この男は、彼女に足首に口づけろと言う気か。

「………」

「………」

 エンチェルクとヤイクは、無言で対峙する形となる。

「貴族の命令なら…何でもするんだろ?」

 ヤイクは──ひどいことを言った。

 彼女の心が、怒りと恥辱に燃え上がるほど、ひどい言葉だった。

「………」

 テルは、何も言わなかった。

 それどころか、口を挟みかけたビッテを手で制したのだ。

 この件に関して、エンチェルクには外部の手助けなど、一切ないということである。

 怒りが、足元から頭のてっぺんまで到着したのが分かった。

「男なら…黙って座っていて下さい」

 冷やかに言い終わるやいなや。

 スパッ。

 包丁から日本刀まで。

 どんなに怒っていようとも、エンチェルクの刃物の扱いにはまったく淀みがなかったのだった。
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