アリスズc

「希望どおり、というところか?」

 テルは、湧き上がる意地の悪い笑みを、こらえきれずにいた。

 エンチェルクは、いない。

 テルが、遣いに出したのだ。

 ビッテも、少し離れたところにいるので、声はそこまで届かないだろう。

 街道脇の林の中で、彼らは休息していた。

 既に、辺りは夜。

 テルの側で、焚火の炎がめらめらと揺れている。

 ヤイクの足のことも考えれば、今夜はここで野宿だろう。

「こんな時に、何の話です?」

 彼は、テルの言わんとすることが分からなかった──いや、分からないふりをした。

 嘘をつくのがとてもうまい男なので、普通の人間ならば騙されていたかもしれない。

「エンチェルクをわざと怒らせて、逆らわせたかったんだろう?」

 夜でも見える命の光を眺めながら、テルはヤイクのド正面に言葉を放り投げたのだ。

 火の燃える焚火の枝を、持ち上げて手の中で遊んだ。

「意味が分かりませんね」

 そこまでとぼけられると、さすがのテルもハッと声を出して笑ってしまう。

「分かってきたぞ…俺には。お前は、エンチェルクを…」

 そう言いかけた時。

 時間が来た。

 来てしまったのだ。

「行け!」

 テルは、手を大きく振った。

 その手から放たれるのは、火のついた枝。

 大きな弧を描きながら、それは林の奥へと飛んでゆく。

 その光に、微かに浮かび上がる人影──ひとつ。

 ヒュンッ!!!!

 ビッテの放つ矢。

「………!」

 脇から刀を振り上げ、飛び出すエンチェルク。

 それこそが、テルが彼女に命じた遣いだったのだ。

 夜の林の中からならば、確実な魔法距離まで近づけると思ったのか。

 逆に。

 夜の林の中を、イデアメリトスの光をまとって近づくなど。

 テルにとっては、ただの阿呆だった。
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