アリスズc

 最初から、テルには分かってた。

 近づいて来る者が、イデアメリトスであるということくらい。

 そして、相手は知らなかった。

 テルの目が、イデアメリトスを光で識別していることを。

 母の能力は、命の光を見るもの。

 それぞれ、個々の人間で微妙に光の色は違う。

 テルは、余り細かいことは分からなかった。

 それを見分けることが、自分にとって重要な能力だと思っていなかったからだ。

 だが、イデアメリトスの光ならば、彼でもすぐに分かる。

 そんな看板を、首からぶら下げて近づいてくるなんて、テルに先制攻撃をしてくれというようなものだ。

 テルは、すぐに布石を打った。

 まだ、相手を認識していない武人二人に、それぞれの仕事を受け持たせたのだ。

 ビッテは、焚火に照らされない位置まで離れた。

 そこで、弓を構えていたのだ。

 エンチェルクは、静かに脇に回らせ、そこに潜ませた。

 相手の場所を知らせるために、焚火を投げたのだ。

 その焚火を拾い上げ、テルは「彼女」を見下ろした。

「いい夜だな…叔母上」

 胸の真ん中に突き立つ矢。

 切り落とされているのは、右腕。

 最初からないのは──左腕。

 ついに、女は両腕を失ったのだ。

 魔法を使うための、大事な大事な腕をすべて。

 そして。

 胸に突き立った矢が、彼女をそう遠くなく、死の国へと連れていくことだろう。

「いい夜…ですって?」

 ごほっと血の息を吐きながら、同時に女は毒の声を出した。

「イ…デアメリトスに、いい夜など…ありは…しないわ」

 この期に及んでも、テルを殺したいと思っている目。

「ひとつだけ聞く。黒幕は、誰だ?」

 質問に、女の目が壮絶な笑みを浮かべる。

 死んでも言うものですか。

 テルは、それを汲んだ。

「エンチェルク。とどめを刺してやれ」

 イデアメリトスの命がひとつ消える中、テルは他のことを考えていた。

 やはり、黒幕がいるのは間違いない、と。
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