アリスズc

「この国広しとは言えど…イデアメリトスの命を奪った人間は、生きている中ではお前たちだけかもしれんぞ」

 そんなテルの暗いジョークは、エンチェルクを明るくすることはなかった。

 反逆者とは言え、イデアメリトスを殺したのだ。

 とどめを、テルは彼女に申しつけた。

 日本刀の方が、その仕事に向いている──それだけだったのかもしれない。

 だが、今更ながらに彼女は、その事実の大きさを噛みしめていたのだ。

「いえ…それはないのでは」

 ビッテは、エンチェルクほどの衝撃はないのか。

 テルのジョークに、反論している。

 他にも、イデアメリトスを殺した人間がいるというのだろうか。

「ああ、父上の兄か。確かに、伯父を殺した者は、まだ生きているかもしれんな…英雄扱いで」

 そうだ。

 現太陽には、兄がいて。

 そして、旅を失敗したのだ。

 殺した者が英雄扱いということは、月の人間に殺されたのだろうか。

「そういえば…」

 テルが何かを言いかけて、ふと、止まった。

 その止まり方が、何か大きな衝撃を受けたもののように見えて、エンチェルクは怪訝に思った。

 突然。

「ああ、そうか…そうか、それなら面白い」

 テルが、大笑いを始めた。

 夜空に向けて身体をのけぞらせるように、全身で笑い出す。

 叔母の死で、あのテルがおかしくなったのではないかと心配するほど。

 だが。

 そんなタマでは、なかった。

 テルという男は、そんな柔らかい男ではなかったのだ。

「でかしたぞビッテ…そうかもしれん。それが一番しっくりくる」

 何かに、気づいた。

 それだけは、エンチェルクにも分かったが。

 テルの考えることは、彼女の想像では──とても追いつくことは出来なかった。
< 178 / 580 >

この作品をシェア

pagetop