アリスズc

 ヤイクの足の治癒が芳しくなく、テルの旅は速度を落としていた。

 一番の問題であったイデアメリトスの裏切り者の一人については、もはや心配はない。

 もう一人──テルの頭にあるそのもう一人は、おそらくまだ出てこない。

 そういう意味では、一応太陽側は落ち着いたということだ。

 だが。

 テルの敵は、太陽だけではなかった。

 そして。

 それは、次の町に入る直前に起きたのだ。

 街道を、男が二人こちらに向かってくる。

 テルは、一目でその違和感を理解した。

 ニヤニヤと笑いながら、抜き身の剣をぶら下げて歩いてくるのだ。

 しかも、そのニヤニヤ笑いは、明らかにテル一行に向けられている。

 彼らを狙っているのは、明らかだった。

 同時に、いくつもの違和感がテルを包む。

 二人組には、あるべきものがない。

 そう。

 気配。

 まるで影をなくした人間のように、彼らの存在感はまるでなかったのだ。

 テルが分かったのも、光のおかげ。

 人の光を纏っていたおかげで、彼は向かいから堂々と歩いてくる人間に気づけたのだ。

 だから。

 だから、ビッテもエンチェルクも気づいていない。

 そこにいるのに、見えていないのだ。

 何か。

 テルは、連中を見ないように一度足を止めた。

「どうかしましたか?」

 元々ヤイクの足を気遣って、ゆっくりの歩みではあったが、それが止まったことにビッテはいち早く気づく。

 何か、魔法の力を借りているに違いない。

 おそらく、月の魔法。

 見えないところで、気配を消すこととは、明らかに次元の違う話だった。

 相手に気づかれず、二人の剣士をうまくテルが使うことが出来るか。

「エンチェルク…これから俺のやることを…決して止めるな」

 それが。

 テルの出した結論だった。
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