アリスズc

「一休みだ」

 テルは、「あの言葉」の後で、そう言った。

 あの言葉。

 エンチェルクに、『これから俺のやることを…決して止めるな』と言ったのだ。

 皆が、それは聞いた。

 そう大きい声ではなかったが、確かに聞いたはず。

「はー、助かりました」

 怪我をしているヤイクは、天を仰ぐようによろよろと街道の脇の石に座り込む。

 テルが、非常に意味深なことを言ったというのに、この男はまったく気付かない──ふりをしている。

 余りに自然過ぎて、本当に気づいていないのではないかと怪訝に思うほど。

 ヤイクを横目に、テルは座らなかった。

 彼が座らないのに、エンチェルクが座れるわけもない。

 勿論、ビッテも立ったままだ。

「エンチェルク…」

 テルが呼ぶ。

 はい、と彼の前に立つ。

 何かを、テルはするのだ。

 まったく分からない。

 ビッテも、疑問を隠しきれず彼を見ている。

「俺は、お前たち二人の能力を、一片も疑っているわけじゃない」

 エンチェルクを呼びながら、テルは二人に向かって話をする。

「それどころか…誇らしいぞ」

 すぅっと、テルが呼吸を整えた。

 ヤマモトの、呼吸。

 エンチェルクは、その瞬間、はっとした。

 同時に。

 ぞっとした。

 伸ばされたテルの両手は。

 迷うことなく。

 エンチェルクの。

 腰の日本刀にかけられたのだ。

 世界が、物凄くゆっくりに見えた直後。

 猛烈な早回しが起きた。

「うげぇっ!」

 エンチェルクのすぐ真後ろ。

 絶叫が上がったのだ。

 エンチェルクの刀は、彼女の脇をすりぬけて、背後へとまっすぐに突き出されていた。

「ビッテ! 左だ!」

 テルの指示のまま、武人は動いた。

 その剣は──いないはずの人間をついていた。
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