アリスズc

「一体何が…」

 倒した二人の男を、ビッテは何度も何度も見つめ直している。

 自分が、まったくもって気付けなかった事実は、相当なショックだったようだ。

 ショックと言えば、エンチェルク自身もまたその最中にいるのだが。

「お前の刀だとは分かっていたが…どうしても不意を突かなければならなかった」

 すまなかったな。

 テルが──イデアメリトスが、彼女に詫びる。

 刀は、持ち主の魂であるというキクの教えが、身体にしみついているのだろう。

 あの道場で、彼はイデアメリトスでありながら、そうではなかった。

 太陽の息子であっても、道場の教えは彼を作る大事な基礎になっているのだ。

「おおかた、月の魔法でもかけられていたのだろう」

 返される刀を、エンチェルクはただ受け取った。

 テルの心は、既に足元に転がる男たちに。

「だが…少数にしかかけられない魔法だろう。しかも、出し惜しみしなければならないような」

 この旅でいくつもの修羅場をくぐりぬけたテルは、もはや子供には到底見えない。

 太陽の息子、ではなく。

 一歩ずつ太陽に近づく男になっていくように、エンチェルクには見えた。

 その一瞬一瞬に、自分が立ち会っているのだ。

「やれやれ…しかし、よく殿下には見えましたな」

 魔法は使えないでしょう?

 座ったまま、ヤイクがため息を洩らす。

 修羅場の数々に、辟易しているようだ。

 そんな彼に、テルはふっと笑った。

「イデアメリトスの魔法は、な」

 彼の言葉の中に、太陽妃がいる。

 エンチェルクは、その女性を思い出した。

 ウメのような賢さとも、キクのような強さとも違う、不思議な人。

「やれやれ、敵さんも運の悪いことだ…殿下を倒すのにはどれほどの兵力がいるのやら」

 ヤイクの皮肉は。

 おそろしいことに。

 予言になった。
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