アリスズc

「綺麗な木ですね」

 歌を聞きながら、モモが木を見上げている。

 何か、特別であることは分かる。

 しかし、ハレがこれまで見たことのない木だった。

「……かもしれませんね」

 ホックスの小さな声。

 彼の記憶の中でも、はっきりとしたことは言えないらしく、その自信のなさが声の大きさに出ているように思えた。

「太陽の木かも…しれませんね」

 ハレに見つめられ、彼は咳払いをした後、もう一度言った。

「前に一度だけ、太陽の木の葉を見たことがあります」

 この国で、太陽の木を自分のものとして育てている人間は── 一人だけだ。

 捧櫛の神殿の近くに領地を持つ、セルディオウルブ家。

 ホックスの父親がその領主と親交があり、頼み込んで葉を一枚だけ分けてもらったというのだ。

 セルディオウルブ家の先代が、植えた木だという。

 それを聞いて、ハレは母の言葉を思い出した。

『都にも種を植えたのだけど…根づかなかったの』

 名前の割に、薄暗いところを好む木らしく、都の太陽は強すぎたのかもしれない。

 絵も、ハレの記憶の中でよみがえる。

 母が、太陽の木の枝を、父に差し出している姿。

 母と父は、旅路で実のなる太陽の木に出会うという幸運を浴した。

 もし、それがこの木だったというのならば。

「あと80年待たなければ、ならないか」

 ハレは、残念に思った。

「この木が、太陽の木だとしても…実がなるのは80年後。残念ながら、口に入れることは出来ないようだ」

 一枝、もらってゆこう。

 彼がそう言うと、リリューは小刀を出した。

「実…おいしいの?」

 歌を終えたコーが、ごくりと唾を鳴らした。

「至福の味だそうだよ」

「至福?」

 新しい言葉に、彼女が首を傾げる。

「いままで食べたこともないような、とてもおいしくて幸せという意味かなぁ」

 モモもまた──少し残念そうに木を見上げたのだった。
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