アリスズc

 むかしむかし──つい、桃はそう言ってしまったが、実はそれほど昔の話ではなかった。

 広場に作られた簡素な舞台に、初老の男が立つ。

 どこの家もからっぽなのではないかと思えるほど、老若男女が、小さな広場をいっぱいにしていた。

「みなさん、また今年もこの日がやってまいりました」

 20年ほど前。

「そうです…今日は太陽の実が、この町にやってきた日なのです」

 旅の一行が、この町を訪れた。

 甘い匂いを引き連れて。

 嗅いだこともないそのいい香りに、鼻がめっぽう効く男が、旅人に売ってくれと食い下がった。

 出された果物は、太陽の実で。

 男は、驚きのあまり、自分のなけなしの全財産でそれを買い上げようとしたのだ。

 そうしたら、子どもが言った。

『この町で、果物はひとついくらなら売れるのか?』

「『私』は、その質問に素直に指をみっつ立てました。30ダムです。そうでしょう? 野菜や果物など、普通毎日食べるものが、そんなに高くては皆買うことができませんから」

 そうしたら、どうでしょう。

「その子どもは、ひとつ30ダムでいいと言ったのです」

 信じられますか? 太陽の実ですよ。

 目にはうっすらと涙を浮かべ、その時の感動をいまも鮮やかによみがえらせているようだった。

「そして、本当にその値段で…いえ、更に三割引いた価格で売ってくれたのです…何故だと思いますか?」

 桃は、まるで母のおとぎ話を聞くように、男の話に夢中になっていた。

 コーも、首を傾げながら指を折っている。

「私が…八百屋だったからです。その子どもは、私に太陽の実を売る栄誉だけではなく、ちゃんと利益が入ることまで考えて売ってくれたのです」

 それが、この世の理だから、と。

「私は、その実を町中の全ての住民にきちんと分けて売りました。太陽に誓って、ただの1人も洩らさず、ただの1ダムの不正もしませんでした」

 男は、涙を拭った。

 ハレは──静かに微笑んでいた。
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