アリスズc

 男の荷馬車で、桃はあの木へと戻った。

 結局──コーもついてきている。

 彼女は狙われていて、危険だから置いてきたかったのだ。

 だが。

『桃が危なかったら、コーが助けるよ』

 そう、コーが言いきった。

 彼女の声の威力は、ホックスとリリューの一件で、十分証明済みだ。

 ハレの許可も出たので、一緒に向かうことになった。

「髪の長い子どもが、町に来る夢を何度も何度も見ました」

 男は、馬の足を速めながら、思いを抑えきれない声を出す。

「あの日から、ただの八百屋の親父の人生が、まるっきり変わってしまったんですからね」

 多分。

 多分、男の話のそれは──いまの太陽のことではないだろうか。

 彼が旅をしている時、太陽妃と伯母も一緒にいたらしい。

「あの人たちは…あれでしょう? 本当はあの御方たちなんでしょう?」

 男は、言いにくそうに空を指した。

 木々の隙間に見える、空高くで輝く太陽。

「孫の読んでる本を見て、はっきりと分かったんです。丸い硝子を鼻に乗せた女性と刀を持った女性が、その本に描かれていましたから」

 ああ。

 この人もまた、マリスの描いた挿絵を見たのだろう。

 太陽妃の丸硝子──眼鏡というらしいそれは、やはり特徴的なようだ。

 母の形容が出てこないのは、母は旅を共にしていないから。

 そ、それは。

 桃には、彼の問いを否定も肯定も出来なかった。

 成人の旅は、世間には一応隠されて行われている。

 でなければ、旅路の危険が増すからだ。

 どう答えようか。

 桃が一瞬悩んでいたら。

「止まって! 止まって!」

 コーが、身を乗り出して木を指差す。

 話に夢中で──行き過ぎるところだった。
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