アリスズc

 日暮れ前に、二人は戻ってきた。

 男も、彼女たちを送ってきて、まだそこにいる。

 今夜は、この町で泊まることに決めていたので、彼らは宿で落ちあったのだ。

 モモとコーの表情の対比に、思わずハレは微笑んでしまった。

 コーは、いまにもハレに飛び付かんばかりに興奮して喜んでいて。

 モモは、何とも言えない複雑な笑みを浮かべていたからだ。

 男に至っては、涙を止められないでいるようだった。

 何か、驚くべきことでもあったのだろう。

「あのね、あのね、ハレイルーシュリクス!」

 煎り豆が弾ける勢いで、コーが口を開く。

「花がね、花が咲くのよ!」

 どんなに慌てても早口でも、彼女の言葉はなめらかに出てくる。

「みっつ蕾がついてたの!」

 指を三本立てる。

 ハレは、モモを見た。

 彼女は、小さく頷く。

 ああ、なるほど。

 昨日のコーの歌は、いきなり実を実らせるほどの力はなかったが、花を咲かせるほどには影響を与えていたらしい。

「なんと…なんとお礼をいったらいいか」

 男が、涙声で訴えてくる。

 みっつの蕾。

 だが、ハレはそれを多少危惧した。

 このまま蕾が増えなければ、最高でみっつしか実らないということだ。

 運が悪ければ、ひとつも実らないかもしれない。

 うまく受粉出来ない可能性があった。

 それを、回避するには。

「私は、毎日でも木の様子を見に行きます。実るまで見つめてます」

 男の意気込みに、ハレはひとつ賭けてみることにした。

「あなたがみっつの実を実らせるために、出来る手伝いがありますが…やってみますか?」

 提案を投げかけると、男は首がもげんばかりに頷く。

「では、細い棒か枝の先に綿をつけ…」

『花も人も、自分とは違う人と交わりたがるのよ』

 風が。

 虫が。

 花粉を運んで、他の花へと連れて行く。

 それを、人が代わりに助ける方法も──母はよく知っていた。
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