アリスズc

 見事な見事な、穀倉地帯。

「豊作ですね」

 ヤイクが、その景色を一言で表した。

 農民は、豊作を喜ぶ。

 税を納めてなお、自分たちが食べて行くのに十分な量と、更に売って利益を得ることも出来るからだ。

 その売る分を、商人たちが買い上げに来る。

「商人たちは頭がよくて、数字をごまかして買い叩いていたようですが…それも昔の話です」

 農民の若い跡取りたちが、学を持ったからだ。

 読み書きそして計算が出来る彼らは、自分らの立場を自分で守れるようになったのである。

 そんな話の最中。

「火事…でしょうか?」

 ビッテが、遠くから上がる煙に目を向けた。

 この先の村だろうか。

 まだまだ遠いが、高く上がる煙はよく見えるものだ。

「それだ」

 ビッテが、ぱちんと指を鳴らした。

 とてもとても晴れやかな表情は、いつもの彼とは思えないほど。

「このあたりの穀倉地帯は、特に村の間隔が短い…そうか、その手があったか」

 人の不幸な火事を見て、何か彼は思いついてしまったようだ。

 困った性質だが、それでこそ彼、というところなのだろう。

「飛脚よりも、もっと速い伝達方法…煙があるじゃないですか。ほら、遠くてもこんなによく見える」

 ヤイクが──世紀の大発見でもしたように、目を輝かせている。

 昔の戦記を、テルは見たことがある。

 この国がまだ、イデアメリトスに統べられる前の建国物語。

 その時に、狼煙が伝達方法として使われていたという。

 後継ぎを個別に攻撃する程度の相手しか、この国から敵がいなくなってしまったせいで、すっかりすたれてしまったが。

 海の向こうの他国も、気になる勢力だ。

 昔、東の港町が焼かれた事件があった。

 テルがまだ、幼い時である。

 船で世界を旅している途中、たどりついたのだというその船は、当初友好的であるかのように見えた。

 だが、悲劇は起こった。

 狼煙か。

 テルは、ヤイクとは違う目で、立ちのぼる煙を見つめたのだった。
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